監督紹介

カール -A・フェヒナー (Carl-A. Fechner)
1953年ドイツ生まれ。ジャーナリスト、監督、プロデューサー。1989年よりフェヒナーメディア社CEO。16歳の頃から映像制作を学ぶ。22歳の頃にはサハラ砂漠を車で縦断する旅に出る。大学ではメディア学を学ぶ。

1983年、長女が誕生したことを機にフリーランサー及び平和活動家として数々のデモに参加。フリーランス時代はARD(ドイツ公共放送)の海外特派員として戦争報道。湾岸戦争の取材等を行う。中距離核弾頭ミサイル配備や核廃棄物輸送反対デモに参加し、拘束された経験もある。1991年より方針転換。戦争報道等、悲惨な状況を伝えるより、解決方法を提示したいと、持続可能性(サステナビリティ)をテーマにTV番組やドキュメンタリー映画を制作。

2010年、4年の歳月をかけて製作したドキュメンタリー「第4の革命」は、ドイツで13万人を動員。2010年ドイツで最も観られたドキュメンタ リーとなる。当映画はドイツ国内で150万ユーロの寄付を企業、個人から集めて制作。3.11東日本大震災以後、 5月3日にアルテ(ドイツ・フランス共同テレビチャンネル)、5月19日にARDで放映され、200万人以上が視聴。ドイツの脱原発に一定の影響を与えた映画となる。6月6日、ドイツ・メルケル首相は2022年までの「脱原発」を閣議決定している。

「第4の革命」製作秘話

「第4の革命」を製作するきっかけは、20年来の友人、ヘルマン・シェーアからの電話だった。忘れもしない2005年のクリスマスの日、ヘルマンはいつもの調子で猛烈な勢いで「第4の革命」の企画を熱弁した。この日の電話は3時間に及んだ。カールが、製作には100万ユーロは必要だろうと言うと、ヘルマンは「任せておけ。3人から90万ユーロをすぐ集める。ここと、ここと、ここに連絡してくれ」。こうやって制作が始まり、カールが2010年10月、バンクーバーで「第4の革命」を最高の気分で上映後、トークをした後、ヘルマンの死の一報が入った。最高の気分から最低の気分への転落だった。20年来の知己、ヘルマンを失ったことは、カールには大きかった。しかし、いつもヘルマンはカールの心の中に生きているという。カールは、家族や親戚だけが集まる葬式に呼ばれるほどヘルマンとは親密な中だった。(文責:配給会社 ユナイテッドピープル代表 関根健次 2011年10月9日)